■大甲の聖人 志賀哲太郎はこんな人でした
        
志賀哲太郎は、慶応元年(1865)、熊本県上益城郡田原村(現益城町田原)で鍛冶屋をしていた志賀甚三郎の長男として誕生(幼名岩太郎)。
甚三郎は腕のよい職人で西原村から田原村に請われて移り住んだといいます。

一家は、広い中村家の屋敷の一角を借りて居を構え、岩太郎少年は、家業を手伝いながら伸び伸びと育ちましたが、幼少期の俊英ぶりが中村家の八代当主伝兵衛の目に止まり、5歳になると、伝兵衛から読み書きを始め四書五経の手ほどきを受けることとなります。

学力が伸びるにつれ、木山や神水の塾にも通って学識を深め、やがて上京し、明治法律学校で法律学を学ぶまでになりましたが、24歳のとき父の甚三郎が死去し、学業半ばにして帰郷。九州日日新聞(現熊本日日新聞)の記者として活躍しながら、政治結社紫溟学会と国権党に加盟して、佐々友房、古荘嘉門、安達謙蔵(いずれも後に国会議員となり、大臣や県知事などになった)らと華々しい政治活動を展開し、政界の闘士と言われました。

4年ほど経って、政界の醜悪さに嫌気がさし、教育界に転身。明治29年12月、31歳のとき、日清戦争後日本が領有したばかりの台湾に渡り、2年ほどして大甲(現台中市大甲区)にある公学校(台湾人の小学校)の雇教員(代用教員)となりました。

志賀は、過去の栄光の一切を封印し、一人の人間として大甲街民と親密に交わり、大甲の風土を愛し、慈悲・倹約・謙譲を信条として謹厳な禅僧のような生活を送りながら、26年間、雇教員の身分に甘んじ、一貫して大甲に住み続けました。
若い頃から儒教や仏教に親しんで育った志賀は、ともすれば植民地で優越的な言動をしがちであった邦人が多かった中で台湾の人々と平等な立場で付き合い、少しも違和感を与えませんでした。社会制度が不安定で植民地統治下の新たな生活に戸惑う街民にとって、人格者で法律にも詳しい志賀は、官憲とのトラブルから身を守ってくれる心強い味方でもありました。

志賀が雇教員となった当時の台湾は、教育に対する理解がほとんどなかったため、志賀は学齢期の子どもがいる家庭を粘り強く説得して回りました。公学校となった文昌祠における本格的な教育は、40余人の生徒を相手に始まったのでした。
志賀は、日曜日も手弁当で10kmも離れた遠方まで歩いて出かけ、子どもを学校に出してくれるよう親達の説得に明け暮れました。やがてそのような努力が実を結び、大甲公学校の就学率と進学率は、台湾全土で群を抜く高さとなっていきました。

志賀は、貧困家庭の子どもには学資を援助し、文房具を買い与え、病気の子がいると欠かさず見舞ったといいます。
生涯独身で子供がいなかった志賀は、教え子達を我が子のように愛し、育成しました。教え子達は、大学を卒業し、また、外国留学を終え、各界の要職に就いても、恩師の無類の愛情と人格と見識を尊重することを忘れませんでした。
志賀は、大正時代になり台湾の教育レベルが向上するにつれて民族意識が高揚し、独立運動が激化していく中で、次第に総督府と教え子や同僚との間で板挟みになっていきます。

大正13年、台湾人と親密な関係にある志賀を快く思っていなかった校長は、志賀を農園の管理人に異動させ、志賀の生きがいである教育の仕事を取り上げる仕打ちをしました。
教育は畏怖であってはならないとして官服の着用を忌避し、和服で通してきた志賀は、悩み抜いた挙句、入水して自決します。そこには、多分に、総督府の民生・教育政策に対する無言の抗議を示す重大な意味合いがあったと思われます。

志賀の死を嘆く教え子や大甲街民の驚きと嘆きは大変なものでした。志賀の葬儀は、神をまつる香路祭として行われ、葬儀の列は延々1kmに及んだといいます。当時の大甲街の人口は3千人ほどでしたから、大甲の人々は街を挙げて聖人の死を惜しみ、街の悉くが喪に包まれたということになります。

大甲の街外れにある鐡砧山(てっちんざん)南麓にある志賀の墓の周囲には、教え子の墓が点在します。エリートとなっても志賀への思慕の情はいつまでも厚く、死んだら先生の傍に葬るように、と言い遺して死んだ教え子達の墓です。
志賀の死後42年経った1966(昭和41)年、世界中から参集した教え子100余名により、生誕100年記念墓前祭が行われ、「志賀先生の碑」が墓石の隣に建立されました。日本人の顕彰など考えられない国民党戒厳令下の出来事でした。

台中市大甲区では、今でも、志賀の啓発冊子を幾つも作り、墓前祭を行い、「大甲の聖人」の遺徳を語り継いでいます。

文昌祠

初期の大甲小学校(文昌祠)

三堡の校舎(1928年撮影)

三堡の校舎(1928年撮影)

教え子達が建立した墓碑

教え子達が建立した墓碑

大甲区の啓発冊子

大甲区の啓発冊子

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